50代の尿漏れ~どうしようもない下のお話~

ライフ

事は40代半ばにさかのぼる。

ある日、おしっこをした後に不快感を感じた。

冷たい。

初めはキレが悪いだけかと思った。

おしっこをした後、プルンプルンと2,3度振れば何事もなかったように排尿行為は終わったはずだった。

なのに先っぽから雫が漏れている。

いったい、自分の体に何が起こっているというのだ?

中学生の頃に経験した、「男の性への入り口」とは少し違うものの、誰にも言ってはいけない「秘め事」という点では同じ気持ちがしたのを覚えている。

絶対に誰にも言えない。妻にも言えない。

 

これが今、世に言う「おっかけ漏れ」、いわゆる「尿漏れ」なのだというのは、随分後になって知る事になるのだが、当時は認めてはいけないという気持ちが先走って、自分の身に降りかかった恐るべき生理現象を、ただひたすらに否定し、見なかったことにし、気づかなかった事にするのに必死ではあった。自分だけが妙な病気にかかった気さえした。

けれど、厳然たる事実として僕の身体は新しいステージに入ったようだった。

 

当時、パンツはトランクスであった。

トイレでおしっこをする。プルンプルンと振る。

チャックを閉めて手洗いをする。

その時、股間から太ももに垂れていく液体の感触あった。

「オウ!」

少しゾクゾクした。トランクスは基本ゆるゆるなので、液体を吸収することなく太ももから膝頭へ滴らせてしまう。

嘘だと信じたかったが、グレーのスラックスにはくっきりと黒い液体の染み込んだ跡がある。

オシッコが漏れている。

  

  

それからの僕の行動はいささか迷走する。

まず考えたのは、「振り」の足りなさ。

プルンプルンの2回ではだめだ。入念にプルンプルン、プルンプルン、プルンプルン、都合6回振る。

十分にキレたはず。むしろ風圧で乾いたはず。

慎重にモノをおさめてチャックをしめる。大丈夫か…。

残念ながらNG。雫は奥のほうから先っぽに押し出されるように漏れてきた。

トイレの鏡にうつったズボンには、はっきりと液体の流れた跡が…。

火星にかつては水があったのだ。いや、関係ない。

  

  

次に考えたのは「拭こう」だ。

女子のように終わったあとにトイレットペーパーで拭けば良いのだ、きれいさっぱり跡形もなく何事もなかったように。

というわけで、オシッコを座ってするようになる。

二足歩行への進化ではないが、立位から座位への変化。

誰にも見られることなく、入念に丹念に丁寧に、愛おしむように、拭いた。

いくつになっても、そいつはかわいい。いや、これも関係ない。

「ふう~」

溜息をついてトイレを出る。

手洗い場でゆっくり手をゆすいでいると、ツツツ~と何かが漏れてくるの感じた。

ああ~。これは人生で数少ない絶望感。

  

  

  

次に僕は、トランクスをやめて、ボクサーパンツに変えた。

漏れるのはもはや防ぎようがないと諦め、漏れるのを滴らせないようにしようと方針を転換したのだ。

股間に密着したボクサーパンツなら、漏れた雫を吸収してくれる。さすればズボンにシミを残すことはない。

股間を締め付ける感触に慣れるまで少々時間を要したが、慣れてしまえばブラブラしなくていい。

どうして今までこんな素敵なパンツを穿かなかったのだろう。

長靴をはいた猫の気分。

というのも、関係ない!。

 

さて、結論から言うと、ボクサーパンツにしたところで何の解決にもならなかった。

そもそも原因からして根治していないのだ。

毎食、ではなくて毎排尿の度に僕の息子からは尿が漏れてるのである。

ボクサーの綿素材もいったんは吸収するが押しとどめることはできない。やがて液体はズボンに染み渡っていくのである。

液状化現象って、きっとこういう現象なんだろうな…。これも違う。

  

事態はある日好転する。

それは何気なく家で見ていたCMだった。

ユニ・チャーム社のライフリーの尿漏れパッドのCMであった。

CMではズボンにオシッコのシミをつけた男性が困り顔をしていた。

オオー!仲間がいた!!

そこに妻の一言が後押しする。

「女子にも多いんだよね~。悩んでいる人」

オオー!女子もそうなんだ!!

いさぎよくカミングアウトする。

「実は…、あの…」

妻はたいした事ないねー的な態度であっさり言い放った。

「買ってくればいいじゃない、これ」

これ!

使っていいのん?

  

苦節何年たったことだろう。

黒いズボンしか穿かなくなって何年経つだろう。トイレで一生懸命拭いて何年過ぎたんだろう。

目の前がパアッと良く晴れた草原の青空のように開けてきた気がした。

  

  

早速、ドラッグストアにいき、お目当ての商品棚の前を何往復かしたあと、当該商品を手に取りレジに向かった。

レジの若いかわいらしい女子店員は、商品を丁寧に黒い紙袋に入れてからレジ袋に入れてくれた。

なんかとっても…、なんていうか背徳とういうか…、淫靡…というのか、初めてコンドームを買った時のような不思議な気分であった。

その辺の心理状況は自分でもよくわからないが。

 

 

家に帰って早速装着してみる。

装着している最中の姿は死んでも誰にも見せられないかもしれない。

装着感もなんか不思議な気分だ。

女性の下着を装着した感じ? いやいや、したことありません。

でも、中学生だったら鼻血出しているかもしれない。

  

  

そうして、長年の心を煩わせていた「尿漏れ」「おっかけ漏れ」問題は解決していったのでした。

もちろん根本的な解決にはなっていないが、トイレの後に股間のシミを気にして挙動不審にならずに済むだけで、十分なのだ。トイレの中で恥ずかしい姿をしながらパッドを装着しなくてはならない朝が、これから一生続くとしてもだ。

そのようにして、月に一度、ドラッグストアに「ライフリー 男性用 さわやかうす型パッド~ズボンにしみない、目立たない~」を買いに赴いている。

最近では、初めの頃の恥ずかしさはなく堂々としたものなのだが、レジ袋を断ってしまうおかげで、慌ててマイバックに隠して店を出る時は、やはり少しばかり気恥ずかしい。

これって万引きに間違われないだろうか?

もし間違われつかまったら、バックヤードの狭い事務所の安いスチール椅子に座らされて、机の上に置かれた尿漏れパットを前にお説教されるのだろうか。

さんざん怒られてから、「今回は警察には届けませんから、ここに一筆書いてください」とか言われて、「私は尿漏れパッドを万引きしました…。もういたしません」とか反省文を書かされるのだろうか。

なんて妄想をしながら帰宅する。

万引きするなら缶ビール箱ごとの方がまだいいかもしれない、とかいう結論に至る。

いやいや、どっちも万引きはいけません。

 

良い商品とは人生を明るくしてくれる。

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