
東京千代田区霞ヶ関。
言わずと知れた中央官庁街です。
総務省、財務省、外務省、法務省、経済産業省、文部科学省、厚生労働省などが集まった一帯です。
周辺には皇居があり、日比谷公園の緑があり、坂を登れば国会議事堂が見えてきます。
まさに日本を動かす中枢機能が集約された場所、それが霞ヶ関です。
丸の内線、日比谷線、千代田線の地下鉄3路線、少し歩けば銀座線虎ノ門駅、有楽町線桜田門駅もあります。
日本の中枢。
それは常に脅威に狙われている場所でもあります。
地下鉄サリン事件がこの霞が関を狙ったのも、まだ記憶に鮮明に残っています。
この街を颯爽と歩くのは、日本の頭脳たる官僚たち。
と同じように、私のような平均以下の年収のサラリーマンも、時々、仕事で歩いています。
仕事ではないときも、散歩がてらに歩いたりもします。そして、日比谷公園で森林浴をしていたりもします。
そう、サボっているんです。
日本国の中枢たる霞が関は、日本一安全な場所でもあり、サボるにも丁度よい場所であります。
霞ヶ関と言えば、霞ヶ関ビル。
高さ147メートル、地上35階の高層ビルです。
1968年竣工ですから、我ら50代と同じ世代。
当時、日本で建てられた初めての100メートルを超える高層ビルとして有名ですよね。
建て替えられることなく現在も堂々たる偉容でそびえ立っています。

さて、もうひとつの霞ヶ関ビルをご存じでしょうか。
それがこちらです。

埼玉県川越市、東武東上線の霞ヶ関駅前にある”霞が関ビル”です。
いつできたのかは知りません。
地上2階建て。黄色いビルです。
どうです? 負けてないですよね!! …何に?
さて、埼玉県川越市霞ヶ関と言えば、池袋から東武東上線の急行で約40分にある閑静な住宅街の街です。
川越の中心地である川越駅から2駅ほど下った駅です。
今でこそ北口と南口とがありますが、以前は南口のみしかない小さな駅でした。
歴史は古く1916年開業です。(開業時は的場駅。1930年に霞ヶ関駅に改称)
東京千代田区の霞ヶ関駅の開業が、1958年(丸の内線)ですから、霞ヶ関の本家はこの東武東上線霞ヶ関駅なのです。
ちなみに東京都千代田区霞ヶ関駅の日比谷線が1964年、千代田線が1971年開業です。
駅前には飲食店、商店がありますが、ほんのわずかです。
駅からちょっと離れたところに”角栄商店街”という商店街があります。
最近、箱根駅伝で活躍しだした東京国際大学はこの商店街の中にあります。
大学の名前が”国際”とあるように、最近では多国籍な飲食店が増えつつあります。
アジアン(カレー)、ネパール(カレー)、インド(カレー)
とかです。
商店街の公式ページには
「ノスタルジーがいきている。胸いっぱいに、なれるまち。」
とありますが、残念ながら
「シャッター街になっている。胸にこみあげてくる、まち。」
という感じでしょうか。
はためく万国旗が常に新しいのが、どこか切なくもなります。
念のため申し上げますが、決してディスるつもりはありません。
私は過去数年間、この街で過ごしましたので言えます。
ここは愛すべき街です!!
そんな埼玉県川越市霞が関駅での出来事をひとつ紹介しましょう。
深夜、終電間際に帰宅した私は、駅の改札を出たところで、大きなショルダーバックを抱えた若い女性が二人、
駅の路線図を見上げている光景にでくわしました。
いかにも地方から上京してきました、という恰好です。
どうも何か困っている様子。
私は足を止め、見ないようにして様子を伺っていたところ、
降車客がいなくなった改札口に近寄った2人は駅員に尋ねました。
「あの、千代田線はどこですか?」
その後の駅員の受け答えが秀逸でした。
「ん~、この辺には千代田線はないねえ」
2人は再び路線図を見上げて首をかしげていました。

その後、あの2人の娘さんがどうなったのか。
今でも時々思い出します。



