加齢とは、時に残酷なもの。
記憶とは消えていくものであり、残念ながら記憶に基づく会話は、よって常に迷走を極めていく。
発端はオリンピック直前に話題となった小山田氏の解任の件で始まる。
妻は、彼がかつて”コーネリアス”というバンドのメンバーであり、その同僚であった”オザケン”と、”満里奈”を取り合った恋敵であった過去がある、という話題を持ち出した。
コーネリアス?
夫は口を尖らせて言った、
「それは『猿の軍団』の主人公だよね」
妻はしばらく考えた後、
「猿の軍団は日光のことだよね」
「???」
どうやら日光猿軍団のことらしい。
「いやいやそうじゃなくて、知性を持ってしまった猿が主人公の映画のことだよ」
夫婦はしばらく記憶の大海を彷徨う。
”それは『猿の惑星』” ”そうそうそうそう!『猿の惑星』”
「それで、『猿の惑星』と小山田氏と何が関係が?」
「だからそうじゃなくて、昔、”小山田氏”と”オザケン”が”コーネリアス”というバンドを組んでいた仲間で、その二人が”満里奈”を取り合った過去があるらしいことが、この間のオリンピック問題の時にネットで出ていたの」
「ふーん」
夫にはあまり興味のないことではあった。
「ところで、”満里奈”は、今は”オグラ”の奥さんだよね」
妻は再び怪訝な顔をする。
「オグラ? オグラの奥さんは”宝塚”じゃないの?」
夫もまた怪訝な顔になる。
「”満里奈”は”宝塚”じゃない! ”満里奈”は”おニャン子”だよ。」
夫はこれには自信があった。
妻は自信あり気に言い放つ。
「そうそう!”満里奈”は”おニャン子”で、旦那は、”オグラ”じゃなくて、ほら、とんねるずの…、小さい方!」
「??? それは”ノリさん”で、”ノリさん”の奥さんは”安田”だよ!」
「あ、そっか!」
言っておくが、夫婦は本気で会話をしているのだ。
二人とも肝心要の大事な一言がどうしても出てこない。
じゃあ、”満里奈”の旦那は誰なんだ???
妻はスマホで検索した。
いた!”ナグラ”だ!!
あ、そうそう!!それそれ!
とりあえず喉につかえた小骨は取れた気がした。
それで、何の話だっけ?
と、話が振り出しに戻るわけもなく、途方もない地平へ向かっていくのであった。
「ところで、”オザケン”のお父さんが”セイジ”で、その息子に”セイエツ”もいて…」
「”セイエツ”?誰?それ?」
「ほら、俳優の…、ほら昔”クリステル”と噂のあった」
「??? ”クリステル”は”コウタロウ”の奥さんだよね」
違う!それは”シンジロウ”だ。
「そういえば”安田”の実家の近くに”服部のじいさん”が住んでいたんだよ!」
「”服部のじいさん”?誰その人」
「”服部のじいさん”って言ったら、ほら、”ユニコーン”のアルバムのCDジャケットの人!」
「えー!そうなの?」
「そうそう」
10月の秋の夜長は過ぎていく…。
記憶とは脆く儚いものよ。