50代の失敗~結婚

ライフ

50数年生きていれば、小さな失敗から大きな失敗、

とにかく数えきれないくらいの失敗をやらかしてきました。

成功の数を数えたら両手にさえ余るけど、失敗の数を数えたら3年でも足りません、きっと。

いやもっとか。

まあ、犬も歩けば棒に当たるし、サルも木から落ちる。弘法も筆の誤るとも言う。

道を歩けば転ぶこともあるし、向こうから見知らぬ誰かがぶつかってくることだってある。

事故が怖ければ部屋の中でじっとしているしかない。

けど、今時は家にいても車が突っ込んでくるなんて災難もあります。

そう考えると、失敗する為に生まれてきたのか?と自問したこともありますが、

「失敗は成功の母」ともいうし、トライ&エラーのトライはエラーがあるから成り立つ言葉だとも思います。

「私、失敗しないので!」という名台詞の目力ド迫力のドラマの主人公の、内に秘めた強い信念には学ぶべきことは多いとは思いますが、私は胸を張って、自信を持って言えます。

”私、絶対失敗するんで”

決して失敗するつもりで生きているわけではありません。過去の経験則から言えることなのですが、

”失敗するかもしれないから、失敗しないように生きる”という戒めのようなものです。

結婚という失敗

そんな私の数々の失敗の中で、大きなものの一つ。それは、

回目の結婚”です。

30歳の時でした。

結婚後、10カ月で離婚しました。

これは失敗でしたね。

実はこの失敗、「失敗!」と判明する前に”失敗するかも…”と気づいていました。

この時は失敗を予測できていたのですね。

そして、結婚式の一ヶ月ほど前に、お相手さんにこう言ったのです。

「結婚するの止めよう」

自分なりにこの人とはきっとやっていけない、と熟慮して至った結論ではありました。

ですが、私の失敗はその後です。

当然、お相手は怒り爆発し物凄い剣幕でした。

「今さら何言ってんの?」

既に式の日取りは決まっている。当然、両親や友人などにもその旨は伝えてあります。お相手さんにとっては、まさに”青天の霹靂”ってやつでしょう。

私の失敗は、相手の強硬な反発にあって、

”一緒に暮らすようになれば、うまくいくのかもしれない

という、ほとんど根拠のない、その場逃れの逃げ口上でした。

結果はあえなく、”失敗”です。

性格の不一致とは

理由は簡単。

”性格の不一致”

世間でも離婚の原因の断トツ1位となる理由。

まあ、細かく分ければ様々な理由がありますが、大抵のことは大筋この言葉に集約されるのでしょう。

それでは、そもそも”性格の一致”などというのが成り立つのでしょうか?

人はひとりひとり、それぞれ別の人格を持ちます。

誰一人として、自分と同一の性格の持ち主はいません。

双生児が限りなく近いかもしれませんが、双生児でなくとも、近親者とは結婚は出来ない。

これは法律で決まっているだけの理由ではなく、自然の決まり事。

全く別々の性格を持つ二人が、結婚したからって性格が一致するはずがありません。

なので、性格の不一致とは、”不一致の度合が、結婚生活を送るの耐えられない、限度を超えた場合”の事を言うのではないでしょうか。

大半の夫婦は、不一致の深い溝を埋めていくことで、時に橋をかけたりしてうまくやっていくものではないでしょうか。

否定される日々

さて、私の場合の耐えがたいほどに限度を超えた不一致の度合は、具体的にはこうでした。

  • もっと笑え
  • ご飯を食べている時は美味しいと言え
  • もっと喋れ
  • もっと会話してよ
  • なんで給料が安いのにそんな仕事しているの?
  • もっと表情豊かにしてよ
  • いつも私の味方してよ

とかとか。

何しろ私のすることなすこと、箸の上げ下げから全てにおいて否定されていく。

挙句には

”あなたの両親とか兄弟は変だ”とまで言われる。

結婚式に出席してくれた友人のことも、同様に言われる。

さらに挙句には、

”あなたは頭がおかしい”と言われ、精神科を受診させられました。

診察をしてくれた初老の医師は、われわれ夫婦を個別に面談(診察)し、私にこう言いました。

「あなたはおかしくなんてない。まだ若いんだから、早いうちに別れてしまった方が良いのでは」

それが、医師としての診断だったのか、人生の先輩としてのアドバイスだったのかはわかりませんが、私はその時、

”ああ、自分はやっぱり失敗したんだ”

と離婚を決意したのであります。

人から見れば些細な出来事かもしれませんが、これらの事は、自分が自分でなくなる度合が限度を超えたのです。

”じゃあ、なんでそんな人と結婚したの?”

となりますが、それは最初に戻って私の最大の失敗です。

結婚を止めようと口にした後、相手の強弁に気圧されて優柔不断な対応をとったことです。

あの時、殴られようが、罵倒されようが、土下座させられようが、止めるべきだったんです。

離婚はできればするべきではない

それから離婚するまでは、今思うと異常なまでに壮絶な日々でした。

毎夜毎夜、責め立てられる。それこそ、夜中の2時、3時近く、明け方まで。

ようやく眠りについても、ほんの少しの物音で、飛び上がって起きるような毎日が続きました。

仕事が終わっても帰宅することが出来ず、公園のベンチで何時間も過ごしていました。

それでも寝るために帰宅すると、再び責め立てられ続ける。

正式に離婚して家を出るまでの2カ月ほどで、正常な判断など出来ない状況に陥っていたと言えます。

クライマックスは相手の親族の元へ行って謝罪する時でした。

相手の両親をはじめ、兄弟とその配偶者たち。こちらは私ひとり。

1人対9人の完全アウェイ状態の中での、針のむしろ。

なぜか兄弟の配偶者の兄という、もはや赤の他人の男性に、鬼のような形相で永延と説教され、ひたすら謝り続けた数時間。

よく、結婚するエネルギーより離婚するエネルギーが数倍だという話は聞いていましたが、本当なんだと実感しました。

ここで、おじさんのアドバイス

”離婚はすべきではない”

できればね。ほんと、心が疲弊します。

さて、そんな精神状態となった私に、お相手は容赦なく被害者としての要求を突き付けてくることになるのです。

「慰謝料払え!」

私はもう「ハイ」というしかありませんでした。

「いちおくえん」

一億円? 

さすがにそこには、「芸能人じゃないんだから」と突っ込み入れたくなりましたが、低調に交渉をして200万円で交渉成立。

もう一度いいます。

”離婚はすべきではありません”

お金も疲弊します。

もちろん、そんな大金私にはありませんでした。

自分の親に頼るわけにもいかず、仕事でお世話になっていた知人に、恥を忍んで一部始終を話したところ、

「お金で解決できるなら」

と快く貸してくれたのです。

逃げるが勝ち

家を出る日はほんとに”逃げるよう”にでした。いえ、”ように”ではありません。

”逃げた!”と言っていいでしょう。

お相手が仕事でいない昼間に、赤帽さんを呼んで自分だけの荷物を積み込んで家を出ました。

(その日に家を出ることはお相手には伝えてありました)

赤帽トラックの荷台に荷物は半分もなかったです。

一緒に荷物を運んでくれた運転手のおじさんは、余計な事は何も話さずに、私と私の少ない荷物を運んでくれましたが、作業が終わってお金を払った後に缶コーヒーを1本買ってくれて「頑張ってね」とひとこと言ってくれたのでした。

涙が出そうでした。

結婚は失敗で離婚は成功

私の結婚は失敗でしたが、離婚は”成功”だった言えます。

この上ない幸せな気分を私は味わいました。

自由。そう自由とはこんなにも素晴らしいことなんだ!

叫びたいくらい。

結婚という”失敗”があったからこそ、この素晴らしい”成功”があった!

失敗とは成功の母だったのだ!

ちょっとゆがんでますか?

あの日々はいったい…

ずいぶん後になって、あの当時の事を考える時、改めて異常な日々であったと振り返るばかりです。

今でこそ、「モラハラ」(モラルハラスメント)という言葉が言われますが、あの時の自分もまさにモラハラをされていたのではないだろうか?と考えます。

ですが、そもそも自らが招いてしまった過ちでもあることはわかっているつもりで、相手を責める気持ちはありません。

 

 

離婚して自由になったと書きましたが、結婚して間違いなく自由は奪われました。

もちろん、他人同士が一緒に暮らしていくのですから、一人暮らしのような自由はあるわけはありません。

ですが、自分が耐えられないほどに自由を奪われる必要はないと思っています。

人によって価値観は様々。

ベートーベンをこよなく愛する人もいれば、AKB48を見て感動して涙を流す人もいます。

箸が転がっても笑える人もいれば、箸が転がっても泣いてしまう人もいる。

たとえ夫婦であっても、自分の価値観を強要することは許されないし、相手も強要では受け入れることができないでしょう。

大事なことは、強要ではなく寛容なのではないでしょうか。

そこから共感が生まれ、互いの価値観を認め合うことで、歩み寄っていく。

そして家族になる、ような気がします。

2度目は”成功”

離婚後は、しばらく恋愛、結婚などは考えなくなりました。

全財産を失い、おまけに借金まで抱え、このまま死ぬまで一生一人で生きて行こうと決めました。

恋愛感情のない異性関係もこの頃になって盛んでした。

離婚者はモテるって本当だったんだ!

(実際、そんなモテたわけじゃありません)

いわゆる○股状態だったこともあって、”いつか刺されるかもしれない”なんて、少しばかり不安もよぎりましたが、根が小心者なので大事には至らず。

やがて5年のリハビリ期間(?)を経て、今の妻と2度目の結婚します。

お互い2回目同士。

今、言えます。

2度目の結婚は”成功”でした。

自由は奪われません!

いや、もちろん朝ちゃんと歯を磨くとか、寝る前にも歯を磨くとか、脱いだ物はちゃんと脱衣籠へとか、そんな自由の話ではありません。

自分が耐えがたいほどに自由を奪われることはない、という意味です。

”1回目の結婚=失敗”を経て、”2回目の結婚=成功”を得たと言えます。

まさに、失敗は成功の母なんだと思います。

”良い”人ではなく、”合う”人を

最後におじさんのちょっとした結婚アドバイス。

お相手には

”良い”人を選ぶでのなく、自分に”合う”人を選ぶ

ってとこでしょうか。

今、スカイツリーを眺めるマンションのベランダに立って、

「僕は幸せだ!」と叫べるのは(実際には叫びませんが)、そんな自分に合う妻のおかげです。

コメント

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