50代のスマホ活用術

ひとりごと

私用のスマホはAndroidを使用している。

iphoneは初めからあまり好きではなかった。外観がみんな同じというのがどうも受け入れ難い。

国中の約半分近くがiphoneというのもまた、気に入らない要因の一つ。

個人が携帯するものだけに、個性を求めてしまうのは僕だけではないだろう。

スマホの画面に突然「右を向け!」と表示されたら、国民の半分が右を向いてしまう。

そんな、いらん心配をしている…、わけではないが。

ちなみに会社支給の仕事用はiphoneだが、そういった意味ではば至極当然とも言える。

  

  

スマホを初めて購入してから10年近く経つ。

当時、妻と一緒にショップに行き、二人同時にスマホに変えた。

それからしばらくの間は、同じ部屋にいても各々がスマホの画面に食い入っていた。

会話はほとんどなかった。

そして、二人同時にしばらく首や肩の凝りに悩まされたたが、10年も経つと筋肉も鍛えられたのだろう、痛みはすっかりなくなっている。

  

貪るようにしてアプリを入れては試していた。

スマホの両端を掴んで車のハンドルのように動かすレーシングゲーム。

必要もないのにスマホを斜めに掲げ上げてしまうゲーム。

画面をやたら擦りまくるゲーム。

ある日、電車の中でスマホを膝に置き、両手の人差し指で必死に画面を擦りあげている若者をみて、さすがに興ざめした。

「家でやれ!」

少しずつスマホを手にする時間は減っていった。

 

今ではすっかり飽きてしまった感はある。

何代目かの今のスマホには必要最低限のアプリしか入れてはいない。

それでも、待ち受け画面1面は埋まってしまっているが…。

 

 

ゲームは少なからずある。

単純な落ちゲー系。こいつは無心になれるのがいい。

日頃はやらないが、時々ストレスが溜まってどこかに心を飛ばしてしまいたい時にひらく。余計なことは考えない。目の前の悲惨な現実から目を背ける。仕事のクレームとか、仕事のクレームとか、仕事のクレームとか。

駅のホームのベンチで時間を忘れるように、現実を忘れるように没頭したこともある。

自分の心を守るには、この手のゲームは役に立つ。

 

それと「みんゴル」。

これは始めてから3年半。きちんと規則正しく毎日やっている。

朝起きてデイリーミッションのみをこなす。余計なことはしない。当然、課金もしない。楽しいのかどうかも、今更わからなくなっている。毎日のルーティンとしてやっている。

 

常に使っている便利アプリといえば、第一は「あすけんダイエットアプリ」だろう。

記録ダイエットを始めてから毎日の食事、体重記録をつけ続けている。

寝る前に体重記録する際、最低記録を更新すると、きれいなおねえさんが「おめでとうございます!」と褒めてくれるのが、ちょっと嬉しい。イラストだけど。

 

それから、家計簿アプリも常に使っている。

いたってシンプルなもので、レシートを読み込むとか電子マネーと連携しているものではない。

単純に使った金額を入力するだけのものだが、常にお金の使い道を管理すると、無駄遣いが減るのは間違いない。

 

 

ダイエットアプリも家計簿アプリも同じだが、常に正直に記録することを心掛けている。

ここがポイントだと思う。時に爆食いをしてしまうこともあるし、体重が意に反して増えていることもあるが、それらを含めて記録することに意味がある。お金の使い道も、時にしょうもない無駄遣いをして正直に記録することで、うまく節約できた時の喜びも大きい。

現在この二つのアプリは、人生も変えてくれそうな気さえしている。少し大げさかな。

 

 

もしかすると、すっかりアプリに生活をコントロールされているのだろうか。

  

Google カレンダーアプリには、先日ドキッとさせられた。

私用の予定だけを入れているのだが、実は入れる予定というのがほとんどない。

月に一度の通院の日時くらい。

ある日、カレンダーアプリを覗いたら、自分の名前がフルネームが表示されていた。驚いて確認する。

”もしやハッキング? こいつ勝手に人の個人情報を盗んだのか?”

見ると「誕生日おめでとう!」とあった。

そか、自分の誕生日だったんだ。

改めてGoogleに世界は支配されていると感じずにはいられない。

でも、妻以外に誕生日おめでとうと言ってくれる人(アプリ)があるだけでも、少しばかり嬉しい…、くもない?

そもそも、自分の誕生日をすっかり忘れるくらい、歳を取っってしまった。

そういえば、Googleは勝手に一日の歩数をカウントしてくれているし、いつどこに行ったのかも記録していてくれる。

MAPはいつでもどこでも、シベリアだろうがアフリカだろうが道を案内してくれる。

なんならリアルな画像で、自分の住んでいるマンションの屋根も見ることができる。

  

一度だけ、初恋の人の実家を上からみたっけ。

今頃、どこで何しているだろう。きっと同じ50代なんだろう。

時にスマホは郷愁を誘ってもくれる。

  

果たしてスマホを活用して、生活は豊かなになったのだろうか?

なんてことを考えることもない。

もしかすると、活用しているように見えて、実は活用されてしまっているのではなかろうか。

と考えることは、時々ある。

昔、母親に叩き起こされていた少年は、毎朝スマホに叩き起こされている。

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